芳竹園
創業四百年余 高山茶筌と茶の湯道具卸

小磯國昭首相(書付いただいた時は中将閣下)が創業300年の時に書いてくださった屋号


高山家8代城主高山頼茂没後、家臣16名が帰農する際に、代々高山家の秘伝とされていた茶筌の製造技術を受け継ぎ、各家が茶筌業として独立をしていきました。当家はその16家のうちの一つとして、初代より茶筌づくり、茶の湯の発展に関わってきました。
明治の複名禁止令・改名禁止令がでるまで、「久保喜太郎」の襲名をつづけ、「芳竹園」を屋号として使ってきました。
久保喜太郎商店は、現在「有限会社 久喜商事」としてその名を残しております。
また、明治19年(1886年)に現在の奈良県茶筌生産協同組合の元となる「茶筌業仲間」の設立人でもあります。口伝にはなりますが、当代で23代目と細くながらも、今後も茶筌づくり、茶の湯の発展に貢献してまいりたいと思います。

明治18年に「茶筌職仲間(現在の組合)」設立時の上申書 全文はこちら

会社概要
屋号 :芳竹園
法人名 :有限会社久喜商事
法人番号:9150002003762
登録番号:T9150002003762
資本金 :1,000万円
630-0101 奈良県生駒市高山町6141番地 (登記住所は高山町6146番地)
Tel :0743-78-0358
FAX:0743-79-0830
法人名 :株式会社芳竹園(休眠会社)
当家にまつわる逸話

第二次世界大戦中、物資が不足する中で茶道を取り巻く環境も厳しい中、茶筌づくりもままらない時がありました。当時は中国製、韓国製のものもなく、御家元も茶筌が手に入らないという状況でした。
そんな中、表千家十三代 即中斎お家元と、裏千家十四代 無限斎(淡々斎)お家元がお二人でそろって我が家へ茶筌を作ってほしいとお越しになられたそうです。
時の我が家も食糧難からそれどころではないと一度は断ったそうですが、お二人のお家元が「作ってくれるまで帰れない」と家の前でお待ちになっていたそうで、当代の妻が気の毒とのことで一泊泊まって頂き、粥をだしたとのこと。当代も根負けしてお二人にそれぞれ茶筌を作ってお渡しし、その時にお家元お二人が、それぞれ当家にあった無名の赤膚焼の茶碗の箱にお礼として書付をいただいたそうです。


この話を聞いて、上述の小磯國昭首相が大将閣下になられた際に小磯國昭様の直筆の「和敬清寂」(千利休居士が確立した茶道の根本精神を表す禅語)の掛軸をいただき、当家の床の間に時々飾らせていただいております。

第二十代喜太郎が北倭村(高山村)村会議員であったことから、茶道を嗜まれる政治家の方々が多く来訪されました。
左は、第68・69代内閣総理大臣、大平正芳首相より賜った色紙

当代 ご挨拶
芳竹園当代の久保翔平と申します。先代の急逝により、2026年2月に当代を引き継ぎました。芳竹園は3代前より茶筌づくりだけでなく、茶の湯道具全般を取り扱い、地元の茶道具(茶杓、柄杓、箸など)を支える製造卸を生業として茶の湯の文化継承に寄与してきた思いを大切に、今後も地域発展のために尽力したいと思います。
私自身は先代より「自由に生きろ」と継ぐことを言われたことはなく、大学卒業後は広く広告、外資系企業、IT企業、自らも起業と外の世界を見て回りました。ただ、巡り巡って、何のためにその知識や能力を身に着けるのかと思ったときに、家業とそれにかかわる職人、地元へ還元したいなという想いがあり、自分の持てるもので役に立ちたいと継承する意思を固めました。
まだまだ未熟ですが、温かい目でご指導ご鞭撻の程どうぞ宜しくお願いします。

当代 略歴
1983年 生を受ける
1996年 生駒市立生駒北小学校 卒業
1999年 生駒市立生駒北中学校 卒業
2002年 奈良県立奈良高校 卒業
2007年 大阪市立大学(現大阪公立大学)商学部卒業
2007年 株式会社リクルート 入社
2014年 アマゾンジャパン合同会社 入社
2017年 Runpeace EC コンサルティング 創業
2019年 株式会社メルカリ 入社 兼 大阪公立大学非常勤講師着任
2026年 芳竹園 当代 就任
その他・ボランティア
・ボーイスカウト奈良県連盟 生駒第2団 ボーイ隊隊長
・ボーイスカウト奈良県連盟 学識経験理事
・奈良県立奈良高等学校同窓会「宝相華会」学年理事
・裏千家淡交会大阪西青年部 広報委員長
・生駒市立あすか野幼稚園PTA会長
・生駒市立真弓小学校PTA会長
関連リンク
Runpeace Consulting:https://www.runpeace.biz/
ボーイスカウト生駒第2団:https://www.bs-ikoma2.com/
高山竹林園:https://www.tikurinen.jp/